石垣島からロサンゼルスへ...

沖縄県石垣島からカリフォルニアへ、そしてダンス。

Finally,,,coming back to Japan!

約二週間前、ついに日本に完全帰国しました〜🇯🇵

と言ってもいろいろ渡り歩いとったのでお家に着いたのは4日前ですが...

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ただいま 石垣島

いや〜3年8ヶ月ですよ!!!!

こんな長いこと住んだらね、そらぁ帰りたくなくなりますよ笑

本当にアメリカに帰りたい気持ちでいっぱい!

日本食もそんな好きじゃないし日本にあんま向かんし日本人ちゃうのよねlol

 

今は本当に苦しい時期で、この学生から社会人になる不安とか恐怖っていうのは計り知れないですよ。しかも私は住んだことのない新しい土地でのスタートなのでなんかめんどくさいっすww

日本に帰って、石垣島に着いて、安心するかと思いきや、焦りや故郷に対するマイナスの考えが出てきちゃって自分の気持ちがどこにも行きようのない感じがします。

前回帰省した時はまたアメリカに戻る予定があったから余裕かまして石垣安心する〜とか思ってたけど、今回はもう日本で頑張って行くしかないという自分鎖国状態の中での帰省だから全然余裕ないよね😅

 

アメリカでの生活がまるで夢みたいだな。

あそこで授業を受けてたくさんの人に出会って、そんなことが全部なかったかに思える。今でも必死に繋ぎ止めたくて毎日みんながいるSNSに逃げるし連絡を取ろうとする。

もうそこに帰れないということが信じられなくて、本当に悲しい。

LAー東京、東京ー那覇那覇ー石垣の全てのフライトで一人静かに号泣😭

石垣空港でも親に申し訳ないとは思いつつ安堵とは違う意味で涙していました。

 

東京にも沖縄本島にもここ石垣にも自分の居場所があるように思えなくて、今はまだまだ前向きになるのに時間が必要だなと感じます。

 

でも日本に買ってきてミルクティー肉まんを食べた時、めちゃくちゃ幸せ感じました😍

I missed you!!!

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アメリカの全てが好きだったわけじゃないし向こうで働くとまた違う視点から見えてくることはたくさんあると思うけど、私ってアメリカ人気質なんよね多分。

個人主義だし、フレンドリーな人好きだし(自分はそうではないけどw)アメリカンフード大好きだし(カリフォルニアロール>寿司)、日本語より英語の方が話してて素を出せているような気がするしね。

 

しかも、アメリカに行ってなければブラジルに行くこともキューバに行くこともなかっただろうし、ラティーナへの憧れも持つことはなかったなぁ笑笑

世界中に友達ができたのも、中南米好きになれたのも、多くの人種に触れ合うことができたのも全てアメリカ留学なしでは成し得なかったこと。

おかげで奨学金返済という大きな借金を抱えてしまったけど、プライスレスな経験をしたのは言うまでもありません。

 

 

私は絶対にここにいる周りの人たちとは違うんだという良い意味でのプライドを持って進んで行きます。

帰ってきてから決めたことだけど、絶対にまた海外に住もうと決意しました。たとえそれが1年でもいいから日本から脱出してまた本当の自分を解放できる場所へ、新しい冒険に出たいと思っています。

だから今、言語学習も頑張るし、目の前のことをしっかりこなして行きます。

私は無神教者だけど自分には"いい神様"がついていると信じていて、ピンチの時も最終的にはなんとかなるし、いつも私にたくさんのいいことを運んできてくれます。

 

 

自分を信じて時を待ち、また人生の新たな章に突入して行きます!!

自分チバリヨ〜💪🔥

 

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アメリカ最後の海 と 出発前日の夕日

 

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帰路の途中に沖縄本島へ寄り道 首里城のライトアップ綺麗だった〜

 

キューバ旅行で感じたこと🇨🇺

実は4日間ほどキューバハバナの方へ行っておりました。

 

あ、この記事長くなるんで気合い入れて読んでくださいね笑

 

さて、なぜキューバかというと2つ理由がありました。

1. アメリカとの国交が回復しつつある今、変わりゆくキューバの姿を観れる時は今しかない!

2. Buena Vista Social Club!!!!!!!!!

 

まぁ理由2の方がでかいですww

音楽に魅せられて旅行するというのはブラジルの時もそうでした。

生でキューバのソンという音楽を聴いてみたかったのです。

 

 

ここまでこんなふうに書いといてなんですが、この記事では行った場所や観光についてがメインではありません。

私自身の4日間の滞在で感じたことを書きます。

 

まず、今回沖縄3世の方のカサに宿泊させて頂いたのですが、その彼がとても忙しくてOkinawenseとしてのアイデンティティとかキューバにおける日本人移民の歴史などを聞く事ができなかったのはとても心残りです。

おうちにはいくつか沖縄のものがあってたくさん面白いお話が聞けそうだったのになぁ。

 

そして、正直な感想、ハバナにはブラジルよりも更に古く貧しいというイメージを抱きました。お店は薄暗く品揃えも決まったものばかり。マックやスタバもない。

これが社会主義なのか、それとも貧しさなのか、、、。

初めて社会主義国を訪れるもんで他と比べることはできなかったけど。

更に一番衝撃的だったのは、国民は自由に海外に出る事ができないというのだ。

これを聴いた時申し訳ないけど、キューバ人はかわいそうだと思ってしまった。

見るからに満足な生活ではないはずなのにそこから逃げ出すのは難しいという事だ。

旅好きの私にすればとんでもない話だ。

 

そんな状況下でも学校や病院、薬は全てタダ。

どうだろう。

皆さんは彼らは幸せだと思いますか?

全て自由に手に入るアメリカや日本、それがあまり自由でないキューバ

でもお世話になった沖縄3世の方の奥さんは言ってた。

"アメリカでもキューバでも貧しい人はいる。幸せの基準はその人が何に焦点を当てるかだよ。私はここで幸せ。"

確かにそうだと思った。そしてタクシードライバーキューバが好きと言っていたので現地人のそうゆう言葉は私を安心させてくれた。キューバ人がこの状況でも好きと言える気持ちに自国愛を垣間見れて安心した。

 

それでもあまりにも不憫すぎて、帰ってきてLAのキラキラした満ち足りた街の様子を見たときに涙が出そうになった。キューバ人を思って。

そしてこんなときに中島みゆきの一期一会がしみるんですわ〜

本当にウルルンみたいな場所だった笑

 

”海外に出れない彼らの幸せとは?”

キューバ音楽のshowを見たときにこうゆう職業をしている人たちなら幸せを感じるかもしれないと思ったけど、一般の人は何に幸せを見出すのだろう?

出たくない人にとっては別にいいのかもしれない。考え方を変えれば、石垣だってそう。小さな島で18年間を過ごした私もある意味閉鎖された環境ではあったし、常にそこに人は住み続ける。

考え方ひとつなのかもしれないなぁ。

 

この旅で一番に考えさせられたことはその”幸せ”の意味

本当に今私たちのように全て持つ事が幸せなのだろうか。

そんなことを考えるとても貴重な旅だった。

 

こうゆう、旅の一つ一つの心の動きは私の血となり思考回路を形成する要素となるのだろうなと帰りに空港へ向かうタクシーの中でしみじみ思った。

そこから私は何を考えどうしたいと思うのか、旅は意識せずとも自ずとそれを決める一つの材料になっていくんだろうな。

 

 

まあ後は、本当に国民性は少々アグレッシブ笑笑

アジアンとかぜんっぜんいないからジロジロ見られたりこそこそ話されたりするし、店の雰囲気的に入りにくいから、外国人にとってはハードルが高い国の一つなんじゃないかなと思いました。

 

そしてやっぱり歴史は勉強してから行くべき。私は浅はかにもチェ・ゲバラフィデル・カストロしか知らなかったので博物館行ってもあまり深く楽しむ事ができなかったなぁ。

街のいたるところにも歴史上の人物の絵や本があるのでそこも興味深いポイントだった。

 

本当に、いつもとは少し違った感じを受けた、かつ意義のある旅でした。

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独りって...

なんか最近独りになるのが好きなんです。

 

もともと独りで何事もやるし、人に会わないのも苦にならないような究極の独り好きなんだけど、最近それがなんか進行しちゃって人と一緒にいてももうスイッチオフなっちゃうと顔が無表情なったり反応薄くなったりします。

特に女の人は間さえあればめっちゃ話しかけてくるからほんとに苦手です笑

自分は女なのに口数少ない人が好きなんですよね。なんでこんなどうでもいい話するんかなって思っちゃうのよね〜笑

 

まぁ一人暮らしからホームステイになったからその分のストレスってのは計り知れないと思う。人一倍独りが好きなのにそんな人は他人と一緒に住めるはずないんです笑

独りの時間が減る分、好きな時に好きなことができない分、ストレスが溜まって外にいるときも独りになりたくて人が寄ってきたら話したくないオーラ出してしまうもんね笑

 

 

あと、自分のペースが崩されたり物事をギリギリでやられたりするとイライラしてしまうんだよね〜

 

こんな人ってジゾイドパーソナリティとかそんなものになってしまうのかなぁ。

そんな風になんでも病気に当てはめたらいけないのだろうけど、なんか独り好きすぎ異常ww

あー自分めんどくさいわ

最近性格でネガティブになること多いな〜

 

What is Uchinaa for me?

先日10月30日は世界のウチナーンチュの日でした。

それに伴って全世界のウチナーンチュが各地で催しをしたりSNSでもそれについて大盛り上がりでした。

 

今回は私が沖縄について考えることを書こうと思うんですけど...

そもそも私、、、

沖縄が好きなわけじゃなくて、海外の沖縄コミュニティが好きなんです😂

 

これ言ったら賛否両論あるかもしれませんが(いや、否だけか笑)、今現在LAに住んでいてこちらの県人会も知っているし、サンパウロの県人会も知っていて、こんなに海外に多くの県系人がいるんだあ!ってすごい衝撃が大きくてその感覚が好きなんですよね。

 

もちろん沖縄出身であることにすごい誇りはあるし、めちゃくちゃ石垣オススメするけど、かと言って地域のコミュニティや活動に参加したいかというとそうではなく、海外の県人会だからやるんですwww

なんなんでしょうね、これはww

 

だから、人に沖縄好きだよね!って言われてもなんか微妙な返事しか返せなくて...^^;

国外の沖縄に関する活動や彼らと県内のウチナーンチュをつなぐ活動には興味あるけどね!だから、世界中のウチナーンチュのコミュニティを訪問するのが夢です!

 

なんというか、彼らからは沖縄にいる沖縄人よりも伝統を守ろうとする姿勢がよく伝わってきますよ。やはり4世、5世となると自ら知ろうとしない限り沖縄に対する意識はほぼないですからね。でもそんなに遠い世代でも彼らの若い力でウチナーコミュニティを盛り上げようとしている姿には自分には何かを感じます。

 

足元を愛せないヤツが世界を愛せるわけないという意見はごもっともですが、そうなってしまったのは仕方がない😅

でも帰国してからどんな感情を持つか楽しみでもあります。

 

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Glad I met with this song

今日は一つの歌について書きたいと思います。

 

山根麻衣のレサムピリリ


レサム ピリリ - 山根 麻以

 

この曲は幼い頃母がよく流していた曲です。

レサムピリリはネパール民謡でありそれをオリジナルの形にしたものがこの曲なんですが、なんというか…

私は人生の中でこの曲と出会って良かったと心から思います。

この曲を聴くとまだ見ぬセドナの風景が脳裏に浮かび、かと思えば大草原を風がなびく風景も浮かんできます。そして何より、人間皆自然から産み落とされた子供なんだという気持ちになります。

とにかくとても慈悲深か壮大で、土着的な曲なのです。

 

山根麻衣の他の曲がそうであるように聴く人によってはメディテーション的な要素を強く受け取る人もいるかもしれません。彼女自身もそのような心を持って曲作りや活動をしているというのをあるサイトで見たことがあります。

また、やはりメディテーションの地であるセドナはやはり彼女も行ったことがあるようでその神聖な地から発想を得ているというのか曲という形で授かり物を受け取っているというのかそのようなところはあるみたいです。

 

私は毎回聴くたびにこのメロディーと包み込むような歌詞にとっても心が動かされるんです。決してメジャーな曲ではありませんが、生きていることや愛を感じさせてくれる曲、また、いいんだよって許してくれる曲でもあると思います。

 

"愛はどこに  愛はここに

胸の真ん中に  そう  君の中に"

 

いつか夢の一つであるセドナに行くことができたなら、そこで絶対にこの曲を聴きたいです。普通に聴いても涙が出てくるのにあんな素敵な場所で聴いたらもっと感情が昂ぶることは予想に安いです。

 

また、山根麻衣の他の曲である"ふつうの唄"も自然や生命の大きさを感じる一曲です。この二曲を聴くと心が日本を離れて土を感じる民族がいるような場所にトリップした気持ちになります。そして心が休まるんです。

 

昔は母が聴く曲を変だと思っていましたが、20歳の頃からまた思い出して聴き直しています。たくさんいい曲があるのでセンスいいじゃんなんて思っちゃうんですよね。

ほとんどがマイナーな曲なんだけどやっぱり昔聴いていた音楽は落ち着きます。

 

人生でこの曲に出会えて良かったって思えることってそうそうないと思うけど、この曲は正に本能的にそれを感じさせてくれます。

 

 

 

沖縄人について考える part 2

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part 2です。


以前は沖縄のスピリチュアルな面や儀式によって他県民とは決定的に異なるということを書きました。


こういう風な土着的な根付き方はアフリカあたりの部族、若しくはネイティブアメリカンの様な部族に通たるものがあるのではないかと思いましたが、そこまで超越したものではなく、沖縄の人々は現代的に暮らしているのでやはり違うと思いました。

前の記事でも書きましたが、どちらかといえば沖縄人は表面普通、中スピリチュアルという感じなので、部族のあからさまな性質と同じとは言えない気がしました。



さて、話は戻って日本他県民と沖縄人との関係です。先程から根っから違うと述べてますが、内地の人だって沖縄人のようになることは可能だと思っています。しかしそれは、"沖縄に長く住み"、"儀式や地域のあり方に染まる"ことで以ってだと考えます。まぁ私の判断力では上手く本質まで見きれていない部分もありますが…。


さて、話はまた国外へ飛び、こちらで身近に感じる話題、県系の外国人のアイデンティティについてです。しかし私がここで述べることは彼らはウチナンチュとしての意識があるのかということではなく、果たして習慣なくして血だけで沖縄人としの中身を持つことはできるのかということです。沖縄人は育つ過程の中で儀式などを経て他とは違う内面を持つようになっていきますが、他の国で育った彼らはルーツは同じにせよその国での生活に強く影響されています。もしその後沖縄に興味を持ち実際に住んでみたとしても本当の沖縄人のような概念が持てるようになるかは疑問です。私は県系人と関わる機会が多くありますが彼らの深いところを見ようとするのは難しいです。国を超えて各地でウチナンチュに会う際に、私より深く沖縄について知っている人や沖縄の活動に熱心な人はいますが、自然に経験した違いというものとそれらがどう結びつくのかとういのは気になるところです。



以上が主な意見です。ですが、自分でこうして書いてるのに沖縄人の特殊さについて考えすぎるのはあまり良くないかなと思います。何故ならその違いを意識しすぎると、他県に苦手意識を持ったり異種的な考えを自分自身に植えつけてしまうのではないかという恐れがあるからです。


また、私はそんなに他県の文化について詳しくないのでそこを調べて本当に沖縄がそれでも違うのかと考えてみるのは大事だなと思いました。


長らく読んでいただきありがとうございました😊🌺





沖縄人について考える part 1

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今日は私のアイデンティティである"沖縄人"である事について考えてみたいと思います。


というのも先程懐かしくYoutubeで郷土の行事の動画を見ていたら不思議な感覚になったからです。


"沖縄は他と違う"


ここで言う違いとはスピリチュアルな面や中身についてです。勿論文化や衣食住の違いもありますが、最早沖縄と他とは何か画一して違うメンタルを持っていると感じました。

ですがこうして海外に住んでいるにも関わらず、今の今まで沖縄人の特殊さを実感することはなかったです。自然にもう他県民と違う。儀式や宗教があまりにも異国寄り、がしかし独自のもので表面的に日本人でも中身はどこかスピリチュアルな感じが常にあると感じるのです。



まず始めに、沖縄では割合的に先祖崇拝を重んじる人が多いです。私からしてみれば宗教という感覚はありませんが、その1つという考え方になるのでしょうか。他県ではどうか分かりませんが、身内の家に行けば必ず仏壇に手を合わせ、お盆は勿論、三月にはグソー(あの世)のお正月である日を皆でお祝いする十六日祭なるものがあります。

また、ユタや御嶽、マブイ、弥勒、ニライカナイ、キジムナー、アンガマ、マユンガナシ、アカマタクロマタ、シーサー他多数の沖縄独特の神様やスピリチュアルな場所や人などはまさに儀式や言い伝えを通して生活の中に溶け込んでいます。

特にアカマタクロマタは地域の男だけで構成される秘密団体によって受け継いでいかれている儀式で、その妻ですら内容を知ることはできません。ここまで過激な儀式が他に日本にあるなら是非知りたいとすら思います。


先日ここで出会った他県出身の方から世界ウチナンチュの日に、沖縄人は何故そんなに郷土愛があるのかと聞かれました。私は自分が特別沖縄好きだという自覚はありませんが地域に根付いた活動をしていたが故に大きな沖縄のイベントではとても高揚した気分になります。

問題はその方の問いに対する答えなのですが、言葉では表せられないのです。なんとか、民族の結束力のようなものだとお伝えしたところ理解出来ないと言っておられました。

わたしにはその理解できないという言葉が衝撃的であり、しかし同時に納得いくようでもありました。何故なら沖縄ほど割合的に地元が好きだという人が多い県は稀だと思うからです。また、理解できないとはかわいそうなことだとも思いました。


☆part 2に続きます。引き続き外と沖縄の中との関連について述べていきます。